2012年12月09日

木村秀和・日名子英明 コラボレーション「石と話す」 大分市西新地のギャラリーセブンポイントで12月16日まで。

木村さんの作品に触れたり、ワークショップに参加すると、毎回新しい体験、発見がある。

そんな感覚になれて、ちょっと油断していたのかもしれない。

ドアを開けて入るなり、思い知らされた。

しゃがれた声で、朗々と歌い上げる「上を向いて歩こう。」

どこだかのスナックの閉店間際に、常連さんの歌う、上手とは違うけれど、なんだかしみる。そんな歌。

それにしては、周りの騒々しさはなく、代わりに、低いノイズのような、でも揺らぎのある、水音のような基底音と打楽器のような金属音。

ザワザワする。


西新地のセブンポイントさんで、12月16日まで開催の「木村秀和・日名子英明 コラボレーション『石と話す』」。
石と話す.jpg



木村秀和さんについては、これまでも何度か紹介させていただきました。

「平面空間」

「星の編みもの」


木村さんの作品に触れるごとに思うのが、「痕跡」というコトバ。

今回も、この展覧会のために集めてきた、石たちを広い台の上に置く。

一つ一つが個性的で、見ているとつい手にとって見たくなる。

握ってみると、見ていたときの感覚に合致するものもあれば、違った印象を感じるものもある。

持ち上げ、置く。片手に一つ。もう一方に一つ。

二つの場所を入れ替えてみる。

続けていくつか。

彫刻というのは、こんな作業なのかもしれないなんて思いつつ、素材からカタチを取り出し、

作品にしていく彫刻家の作業を想像して、恐ろしく感じたりもする。

D2012~12~08-253.JPG

そんな石たちの置かれた台を囲み、たまたまいらっしゃったほかのお客さんと話してみたり。

話しながら、石を置き換え置き換えしていると、なんとなく、しっくりきましたね〜と、なんとなくの完成。

なにがどう完成したのか分からないけれど。

石だけでなく、そこにいる人たちも含めた、バランスが合致する「在り方」があるように感じる。

ゆったりした、満足感。

「人によっては、拾ってきた石を置いてるだけじゃん」と口には出さないけれど、そんな感じで帰っていく人もいるらしい。

それも確かにそうなのかも。

このところ考えていた、「文脈」について。

同じようなアイディアによる作品でも、その文脈が自分の持っている背景に合致するかどうかで、体験としてまったく違ってしまったり。

いいなーとおもう芸術作品は、作家や作品の背景や、見る側も含めて、「文脈」にのって浮き彫りになっているように思う。

広告のつむぐストーリーは、少し違って商品にあわせた「文脈」を作る行為のように思えたり。

そんなことを考えながら石をいじっていると、次のお客さん。

また、石たちの様子が変わる。

一瞬で違ってくる。

D2012~12~08-285.JPG D2012~12~08-295.JPG
D2012~12~08-312.JPG

石と音とで、決して広くないはずの展示空間に、いろんな層が生まれていました。

ゆっくり時間をとっていかれることをお勧めします。

D2012~12~08-276.JPG  D2012~12~08-268.JPG


そして、数ある石のなかに、一つとんでもない魅惑的な肌をもった石。こっそりおすすめです。

会場で、『「大分まちあるき」のブログを見てきました。府内町のとある庭で出土したという、某資産家がいまわの際まで枕元でさすり続けたという、逸品を撫でたい』と伝えてみてください。



木村秀和・日名子英明 コラボレーション
「石と話す」
2012.12.1(土)〜16(日)
open 12:00-19:00
月曜日休み

SEVENPOINT
大分県大分市西新地2丁目4の5
posted by さとうえいすけ at 02:28| Comment(0) | TrackBack(0) | アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月09日

『竹工芸の継承・革新〜早川尚古齋・田邊竹雲齋・飯塚琅玕齋・生野祥雲齋を中心に〜』

大分県立芸術会館で、開催されていた『竹工芸の継承・革新〜早川尚古齋・田邊竹雲齋・飯塚琅玕齋・生野祥雲齋を中心に〜』。
http://kyouiku.oita-ed.jp/geijutukaikan-b/2012/03/post-70.html
行かれたかたの評判がことごとく、良いので、最終日に行ってきました。
不勉強でこれまで「地元大分の民芸の一つ」という認識だったのですが。
すばらしい!ファンタスティック!アメイジング!と大はしゃぎ。(鑑賞は静かにしました)

早川尚古齋


田邊竹雲齋


飯塚琅玕齋


生野祥雲齋

これらの4人の方が、名のない工芸から、作品として銘を冠して、技術を高め、それぞれの表現を顕してきた。
その歴史がまとめて見れてしまうというこのゴージャスさ。
そもそも、それぞれの作品の面白いこと。

初代早川尚古齋の緻密さ、細かさに圧倒され、それが100年以上損傷なく、保管されていることに感心。
初代田邊竹雲齋の立体的な存在感と重厚さを兼ね備えた道具としての用と作品としての繊細さ。
飯塚琅玕齋の細かなスリットの繊細さのセクシー。束ねた竹によるダイナミックな造形のセクスィー。
琅玕齋でかなり完成してしまったのではないかと思っているところに生野祥雲齋。
「したたれ編」「もろこし編」といった、綿密で、かつ、ユーモラスな形態と、なによりも圧倒的な立体造形。
竹の編みかたを知っているわけではないのですが、そして、無学なので頓珍漢なのかもしれませんが、「竹雲齋」、「祥雲齋」の「雲」の字は竹編という数学へ挑戦する無限さを表した名前なんじゃないかと思うほどの、編みのバリエーション。
これらの造形を実現するためには相当の、数学的、物理的なセンスが必要に違いない。
竹工芸作家と数学者の会話を聞いてみたい。

とりとめがなくなりましたが、タイトルにあるように「竹工芸の継承・革新」が一挙に見られる、初心者にもわかりやすい展覧会でした。しかも大分の芸術会館だからこそできる展覧会。有り難い。

最後に備忘的に、作品リストから特に気に入ったものを紹介します。
参考:大分県立芸術会館所蔵品検索へのリンク
==========
出品目録 「竹工芸の継承・革新 −早川尚古齋・田邊竹雲齋・飯塚琅玕齋・生野祥雲齋を中心に−」
  2012年9月12日〜10月8日  大分県立芸術会館
作品名  作家名      制作年    寸法  出品展覧会   所蔵
9  籐組帽子  初代早川尚古齋  明治時代   15.0×28.0×31.4
12  提梁花籃 三世早川尚古齋 1919(大正8) 33.0×26.0 大分県立芸術会館
13 釣花籃 四世早川尚古齋 1931(昭和6) 40.0×40.0×38.5 大分県立芸術会館
22 柳里恭式釣置花籃 初代田辺竹雲齋 1925(大正14) 58.5×31.5
37 盛籃 国香 飯塚琅玕齋 1939(昭和14) 15.0×53.0 第3回新文展
38 竹炭斗 飯塚琅玕齋 1941(昭和16) 14.5×32.0 第4回新文展出光美術館
48 したたれ編仿古花籠 生野祥雲齋 1925(大正14) 42.0×25.0 大分県立芸術会館
52 竹組 波 風炉先屏風 生野祥雲齋 1954(昭和29) 40.0×186.0 第10回日展大分県立芸術会館
53 竹華器 怒濤 生野祥雲齋 1956(昭和31) 53.0×73.5×53.0 東京国立近代美術館
54 花籃 生野祥雲齋 1958(昭和33) 44.0×31.0 宮内庁三の丸尚蔵館
62 もろこし編盛籃  生野祥雲齋 1972(昭和47) 12.0×36.0 第19回日本伝統工芸展大分県立芸術会館
64 志美竹花入 生野祥雲齋 昭和10年代頃 27.0×7.0 大分県立芸術会館
=============================================================

posted by さとうえいすけ at 04:29| Comment(0) | TrackBack(0) | アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月26日

アートフォーラム 「美術館へ行こう!」第2回 「さまざまな美術のたのしみ方」に参加しました。 これからできる県立美術館のイメージが沸く、「五感を刺激」される催しで、びっくり!

大分県(企画振興部美術館構想推進局)と日本アートマネジメント学会九州部会によるアートフォーラム 「美術館へ行こう!」第2回 「さまざまな美術のたのしみ方」に参加しました。

アートフォーラムちらし.jpg


県立美術館の進捗と、小林道夫さんのミニコンサートと林綾野さんのレクチャーでした。

小林さんのミニコンサートでは、音楽による自画像や肖像。絵画からイメージされたさまざま曲。
 絵や作者、曲の成り立ちを説明した後に、その曲を演奏。とってもわかりやすく、音楽と絵画とどちらの素養もないのですが、組み合わせることで、自分にも感じられるシンプルな楽しみになりました。
 たくさんの先人のあるクラシックの広がりはすごいなぁとおもうと同時に、それに立ち向かいながら自分の立ち位置をもたないといけない厳しさがすごい。そんなことを思ったり、天使が寝ちゃうという、フランソワ・クープラン作曲「子守唄またはゆりかごのアムール」の眠りの魔力と戦ったり、本当にあっというまの素晴らしい30分でした。もっと聞きたい!

CD 青島広志ピアノ作品集 泰西名画によるピアノ曲集 / 青島広志 (CD - 1998)

そして、キュレータ林綾野さんのレクチャー
 クレーやゴッホ、芸術家の食卓という切り口で本も出されているフリーランスの(インディペンデント)キュレータということです。
 今回は、モネとゴッホという超メジャーな二人がどんな生活をしていたのか、どんなものを食べていたのかというお話を、林さんが研究したりその場所をおとづれることで感じた、林さん自身の言葉として語られて、私にとってとても新鮮な視点のレクチャーでした。
 生活を知ると、ほんの100数十年前のヨーロッパを生きていた二人で、そのころのヨーロッパはすでに近代的な生活をしていたんだと、気がつきました。
そして、その生活は今の日本の私たちほどではないにせよ、すでに近代社会での悩みや教養といったねじれたバックボーンを持ち、絵描きとしてどのように社会の中にあるのかという、現代の私たちと通ずる生活と、その上で、ゲイジュツカらしい(?)すこし変わった様とを思い浮かべる事ができました。
さらに、そんな生活からそれぞれの作品をみるという、美術館で作品と正対するのとは、違った鑑賞ができてとても楽しかった。

林さんは、自分の仕事は、まだ美術のよさと出会っていない人にそのきっかけをつくり、興味をもってもらうこと。美術館もまた、そんなきっかけにの場所になるといい、とおっしゃっていたのですが、今回のアートフォーラムはまさに、そんな企画だったとおもいます。
 終了後には、軽食ということで、レクチャーの中にでた、ゴッホのじゃがいものスープ。をいただく事ができました。

音楽や絵画やさらに味や匂い。まさに「五感を刺激する」ものでした。

県立美術館という、大分県で生活する私たちにとって、いろいろな意味を持ち、どんなものかとコトバだけで説明することも、理解することも難しい「モノ」であると同時に、これからその県立美術館が作られていくという「コト」。
もちろん、大分県はその事務局であって、大分県民の私たちみんなが作っていくものになるのだとおもうのですが、今回のアートフォーラムは、それをイメージできる、これから県立美術館ができることのイメージが膨らむものでした。


そして、今回の小林さんと林さんの仕事、そして、クラシック音楽や画家の仕事をみていると、最近、自分の中で、キーワードになっているテレビと教養というところも、一段の整理ができそうに思えてきました。
これについては、次回に書きたいと思います。
posted by さとうえいすけ at 01:35| Comment(0) | TrackBack(0) | アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月25日

立川談志の芝浜。

立川談志の芝浜
立川談志プレミアム・ベスト 落語CD集「芝浜」 / 立川談志 (CD - 2008)
恥ずかしながら、いまさら初談志CD。

深夜に靴を洗いながら聞いてたのに、いつの間にか正座していた。

いつだったか、初めてのめりこんで聞いた芝浜(シャ○浜だけど)は、この芝浜が元だったんだ。

サゲも知っているはずなのに、気がついたらおしまい。

こりゃすごい。そして、こんな人が死んじゃったんだと、いまさら涙する。

言葉だけどコトバじゃない。これが生き方なんだ。だからイヤホンして聞いてるだけなのに、背筋が伸びるんだ。

酒は飲まないけど、心のどこかで42両財布を探している。自分を認識する。
posted by さとうえいすけ at 01:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月16日

宮島達男と大分ばんぢろ

今年最初の展覧会は、イムズの三菱地所アルティアムでやってた、宮島達男「その人と思想」展。

場所が場所だけに、どちらかというと、こじんまりした展示でしたが、芸大時代からデジタルカウンターまでの過程とその思想に触れられました。
(フクヘンさんのブログをみると、様子がよくわかりますのでどうぞ

これまで宮島達男さんの作品をキチンとみたのは、数年前熊本市現代美術館での Beyond the Death展と直島の家プロジェクトくらいでした。
Beyond the Death展の、デジタルカウンターでの生と死の表現の印象が強かったのですが、今回の展示をみてなんだかすごく納得。
「場所」に「何か」を置いて、反応させる。パフォーマンス。そして、デジタルカウンターやなんかは、パフォーマンスの代わりをする存在。

Art in You」が、ふた昔まえの広告なんかで言う、「消費者が創る」みたいなものとは違う、根本なんだとすごく合点がいった。

ちょうど、木村秀和さんのスタンスに近いものを感じて、新年からものすごい「反応」をさせてもらいました。

そして、大分市の「珈琲を愉しむ店 ばんぢろ」で年末から1月22日(日)までやっている、「藤田洋平とゆかいな仲間たち」展
R1058444.JPG


ばんぢろさんの年またぎの企画です。

藤田洋平さんの絵は、上手なのか、上手でないのか。何かを伝えたいのか、そうじゃないのか。なんていうと失礼ですが、みていると不思議な感覚になります。

実際我が家にも、数年前の「藤田洋平回顧展」(もちろん存命です)で入手した3枚がありますが、本当にあきません。

えらぶというか、組み合わせるというか、みる方にいろいろな見方をさせる、自由さというか、軽快さ。それでいて、粗末にさせない存在感。
その藤田さんの絵の性質を活かした展覧会。

タイトルにもあるように、「ゆかいな仲間たち」が、藤田さんの絵をきかっけに、物語や詩を作ります。
絵とことばを組み合わせた展示。a2012-01-09W27.JPG


さらに、お店にいったお客さんも、ゆかいな仲間として参加できます。
a2012-01-09W19.JPG


実際に、私もつくってみました。
絵をみて、言葉を探したり。詩を作って、絵を探したり。
そうすることで、絵をより愉しむことができるのです。

絵をみること。
視る。見る。観る。鑑る。
「芸術作品としての絵の見方」は知らないけれど、絵をみることを愉しむことができました。

きっとこれは、自分の中にある何かと、作品のなかにある何かを向かい合わせる。正対させること。

宮島達男さんのいう、「Art in You」はまさにこれなんじゃないかと思えました。

現代美術は、それまでの額とか、カタチでないものというようなことを聞いたことがありますが、この「藤田洋平とゆかいな仲間たち」展は額らしいものがついた絵をお店丸ごとの空間に展示した現代美術展。
a2012-01-09W26.JPG
そんなことを考えなくても、単純に愉しめる、有難さ。

楽しい一年の始まりにお勧めの展覧会です。

なお、お客さんが作った「ゆかいな仲間たちノート」をもとに、絵と言葉を組み合わせた「作品」は、お店に展示され、購入することもできるそうです。

ブログタイトルの「宮島達男と大分ばんぢろ」については、お店で店主の二宮さん(通称ばんぢろさん)にお尋ねてみるか、本棚にある「柿の木プロジェクト」のファイルをみるかすると興味深い話が出てきます。

「珈琲を愉しむ店 ばんぢろ」については、いずれまた。
posted by さとうえいすけ at 22:22| Comment(0) | TrackBack(0) | アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。